寂しい人のための、みことば

   イエスはこれを聞いて、彼らにこう言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。私は正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」

マルコ2章17節

 もしあなたがたが私を愛するなら、あなたがた は私の戒めを守るはずです。わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもう ひとりの助け主をあなた方にお与えになります。

 その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。その方は、真理の御霊です。世はその方を見もせず、知りもしないからです。

しかし、あなたがたはその方を知っています。 その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。

ヨハネ14章15節〜18節

 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物として御子を遣わされました。ここに愛があるの です。

 愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちも また互いに愛し合うべきです。

 いまだかつて、だれも神を見た者はありません。もし私 たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全う されるのです。

 神は私たちに御霊を与えてくださいました。それによって、私たちが神のうちにおり、神も私たちのうちにおられることがわかります。

 私たちは、御父が御子を世の救い主として遣わされたのを見て、今そのあかしをしています。だれでも、イエ スを神の御子と告白するなら、神はその人のうちにおられ、その人も神のうちにいます。

 私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちに いる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。

ヨハネT4章10節〜16節

 私たちの主イエス・キリストの父なる神、慈愛の父、すべての慰めの神がほめたたえられますように。

 神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。

 それは、私たちにキリストの苦難があふれているように、慰めもまたキリストによってあふれているからです。

コリントU1章3節〜5節