第1198回 美しく生きる

 平成28年 1月 14日〜

 「美しく生きる」と言うとき、私たちは、ともすれば外面の美しさを
求めがちですが、外面の美しさの評価は時代や国・地域、個人によって差があり、
また、年齢やさまざまな条件によって変化するものです。

そうしたあてにならない美しさに振り回されて一喜一憂するよりは、
もっと大らかに考えて生きたほうが幸せではないかと思うのですが、
今日の日本では、「もっと美しくなりたい」と強迫的なまでに
思っている方が多いように感じます。

ただ、外面の美しさを頼りに生きようとすると、その美しさを失ったときには
非常につらい思いをすることになります。
外面的な美しさはたいへん脆いからです。


 自尊感情、すなわち「自分はかけがえのない大切ないのちなのだ」
ということをほんとうの意味で理解していないと、どうしても外面の
美しさに頼ろうとしがちです。

「かけがえのない」とは、誰にも代わることができず、ほかのものと
比較することもできないという意昧です。
このことをほんとうにわかっていれば、自尊感情をしっかり持つて、
外面などに多少不満を覚えても、「自分にとってかけがえのないいのち」と、
少々のことは気にせずに生きられるのではないでしょうか。


 インドを旅したときです。インドの人たちがお互いに手を合わせて
挨拶する姿を目にし、あまりの美しい所作に目を見張りました。
日本でも、神社仏閣やお仏壇、お墓などでは手を合わせます。

インドでは、仏さまに対してだけではなく、人間同士が合掌しあうため、
磨かれ洗練されて、美しい姿となったのでしょう。

 こうした振舞い、所作、姿勢も、「外面の美しさ」と言うことが
きますが、それ以前に、この姿には、人はお互いに敬いあうべきもの
という心づかいが大切に表現されています。

そして、その所作を通して、手を合わせる者のこころが磨かれ、
内面の美しさとなり、人のこころを打つのです。


 内面の美は、自分で磨こうと思っても磨けるものではありません。
いろいろな体験をし、素晴らしい人とのご縁を重ねる中で、
「私もああいうふうになりたい」と心がけて磨かれていくものです。

 私もご縁を大切にして、美しく生きたいと願っています。

       株式会社PHP研究所発行 「人生は価値ある一瞬」より 

         


           私も一言(伝言板)