第1080回 ほくほく 生きる 藤澤量正先生の遺稿集~

 平成25年 10月 3日~

中央仏教学院で お世話になった藤澤量正先生の遺稿集が発行されました。
その あとがきに ご長女がつぎのような文章をお書きになっています。

   百六十二貫、音色よし

 関東の湘南地方で教員として中学生の指導に情熱を燃やしていた
父・藤澤量正は、祖父が亡くなったのを機に、滋賀の山里の自坊に帰りました。
教員の夢を途中で断念した父は、僧侶として、また住職としての目標を

探していたのですが、築地別院で布教使の勉強会があることを知り、参加して
みたいと総代さんに相談したそうです。

 田舎の決して豊かではなかったお寺のこと、ご門徒から支援して
いただかなくては 勉強会に行けない状況でした。
その上、戦争中に軍に供出させられて不在であった梵鐘が、ご門徒の

篤いご墾念により新たに鋳造されて、お寺に届くのを迎え入れる
という、住職としての大事な初仕事が控えていたのでした。

一方布教使の勉強会は何日間だったのか、その間は当然別院に泊まり込みで、

ちょっとでも抜け出すことはできないものだったようです。

 勉強会に参加したいがお寺のことも・・・・、迷いに迷っている父に対して、

総代さんはじめご門徒の皆さま方は、「ぜひ、行って勉強してきてください。
釣鐘は私らで受け取りますから」と、後押しをしてくださったそうです。

 梵鐘が届いたその日、築地別院で布教について学んでいた父の元に、総代さん

発信の電報が届きました。
  ヒャクロクジュウニカン ネイロヨシ (百六十二貫、音色よし)


この出来事を、五十年以上経って、涙を浮かべながら父は語ってくれました。
「ごえんさん、元気で勉強に頑張ってはりますか? 

今日、立派な釣鐘が届きましたよ。
私ら、ごえんさんよりも先に撞かせてもらいました。とってもよい鐘の音が、
村中に響きわたりましたよ。有り難いことでした。


 ごえんさん、安心してしっかり勉強に励んでください。そして、鐘を撞くのを
楽しみに帰って来てください。お帰りをお待ちしています」

父は、電文の短い言葉の中から ご門徒の温かい思いと志を受け止め、
如来さまのみ手の中にいる有り難さにお念仏申しながら、布教使として
生きていくことを決心したのだと語ってくれました。昭和三十二年、父が
34歳の時でした。

 このたび、父の最後の本を本願寺出版社から出版していただくことに

なりました。生前父が望んでいたことであり、誠に有り難いことです。

 父は、ご門徒衆の温かい理解と後押し、それに寺を守る裏方の母に
支えられ、全国各地を布教に駆け回る人生を送りました。最後の気力を
奮い立たせ出版に意欲を見せていたこの本を、父が手に取ることが
できなかったことは少し残念ですが、私たち家族が本の出版に関わる
ご縁を作ってくれたことに、心から感謝しております。

臨終までの父が用意してくれた時間の余韻や、一つひとつの仏事を
通して考えさせていただいたことのすべてが、死んで終わりではない
“いのち“ のお育てと有り難く感じています。

 迷うことばかりの日暮らしの中で、「聴けよ、目覚めよ」との鐘の音を
私も父からの贈り物と味わいながら、父母の待つお浄土への道を

導かれながら歩みたいと思うことです。
                  合掌 

長女 弘中直子 ほくほく 生きる 本願寺出版社刊 より


         


           私も一言(伝言板)