昨日の夢

昨日変な夢を見た。

 ここは北部○州地方のS県。
 晩秋のある日、古ぼけた県庁の二階の知事室に、小太りで目つきの鋭い老人と老人に連れられた中年の元官僚が訪れた。
知事室に入ると、二人は、奥の方にいる、背もたれに頭をつけてふんぞり返った老人を見た。老人は眼鏡の奥の猜疑心にぎらつく目を作り笑顔でごまかしながら、「まあどうぞ」といって顎でソファーを示した。
 ソファーに座ると来訪者は用件をきっぱりとした口調で伝えた。「あんた誰のおかげで知事になれたのかよーう考えて見んしゃい。もういい加減に後進に道をゆずらんね。」
ふんぞり返った老知事は満面に怒りをあらわにして、「あんたが何と言おうが、オイは絶対にやめんばい。」
 元代議士は負けずに啖呵を切った。
「S議員が汚職で捕まるそうじゃ、検察がM尾建設ば調べよっぞ。そん中におまえの名前もあがっととば知っととか。」
 はげた頭から湯気を出し、顔を真っ赤に煮えたぎらせたI知事は、中年と言うよりは初老と言ったほうがいい元官僚を睨み付けて「オイは絶対おまえを知事にはせんばい。よーう覚えちょけ。」
 知事室から出た二人は顔を見合わせていった。「オイたちには農協がついとるばい。」

 それから何ヶ月かたったある日。元新聞記者のO町長につれられた40代の現役官僚が同じ知事室を訊ねた。
 官僚らしく恭しく一礼した彼にI知事は微笑んでいった。「いやいや今度の知事選にはあんたがでんしゃい。オイはあんたを応援する側に回るバイ。」
このときO町長は、現役官僚のH氏を副知事に推薦したのだった。

 流行遅れの長髪がトレードマークの町長とおもしろ系の官僚のH氏が訪れる前に、一体I知事に何が起こったというのだろうか。

 I知事は旧制中学出身である。当時としてはむしろ恵まれていたと言うべきであるが、どういう訳か
激しい学歴コンプレックスの持ち主であった。息子を東大に行かせたのもそのためである。一方で県庁内の人事は「低学歴にあらずんば人に非ず」といった妙な学閥が出来るほどのむちゃくちゃなもので、庁内は怨嗟の声で充ち満ちていた。「バカの互助会」が全てを牛耳り、宦官長のO崎氏を中心にやりたい放題であったから、善男善女たちが知らぬ間に税金が湯水のごとくに無駄使いされていった。
 I氏は中学時代には有名な「不良」で、通学列車の中では女学校の生徒しか乗らない車両に乗り込んだり、当時「メリケン」と呼ばれた喧嘩の時に使う「武器」を振り回して下級生をいじめるのが日課になっていた。当然、上級の学校に進学できるはずもなかった。しかし、
戦後のどさくさに紛れて県庁に潜り込んだ。もちろん正式な試験など受けてはいない。しかし、彼には持ち前の才覚があった。何より利にさとかった。一見磊落を装った中に緻密な計算があった。決して利益にならないものとはつき合わない代り、有力者に取り入ることに余念がなかった。彼の妻がまた大物だった。若い頃から公然と「夫を知事にしてみせる」といっていた程の巴御前顔負けの気丈な女だった。
 I知事は生まれついての精力家で女癖も悪かったらしい。後になって県立病院の看護部長になったHさん出納長から公安委員長にまでしてもらったHさんをはじめとしてドンファンI氏の勢いは止まらなかった。しまいには、妻の妹までも囲い者にしたという。それにもめげずK夫人は夫の出世のために陰に日につとめた。
 
I氏の人生にとって最も幸運だったのは、K電力の原発建設に絡めたことだった。これこそ彼のその後の人生を決定づける関係だった。国防上考えられないようなところに、I氏の尽力によって住民を丸め込み原発を建設したK電力はその後一貫してI氏を支えたのである。
 様々な巧妙な手口を駆使して選挙を戦い、刑務所の塀を綱渡りでわたって地方政治のドンとなったI氏は、県議はもとより市町村長を子分として従え、さながらS県にI王朝をうち立てた感があった。

 しかし、人間さすがに歳にはかなわない。
健康管理には人一倍気を遣ってきたI夫婦であったが、競争心の強すぎる「A型性格」のためもあってついに心臓に持病を持つことになった。ある晩のこと激しい胸痛がI氏を襲ったのだ。持病が公になり政治生命を失うことをおそれたI氏は、主治医のいる県立病院ではなく、隣県にある冠動脈疾患の治療で全国的にその名を知られたK記念病院に偽名を使って救急入院したのである。ところが、守秘義務のあるはずの医療関係者の口から口へそのことが伝わったのである。I氏にとって一番気に障ったのは主治医のいる県立病院からそのことが漏れたことであった。怒髪天を衝いたI氏は、その取り巻きの一人である総務部長Y野に命じた、「連中に思い知らせてやれ」。

 Y野氏は、中国の宦官さながらの取り巻きの一角を占めていた。具合のいいことにそのころ公務員の給与を引き下げる内容の「人事院勧告」が出されていた。元来、地方自治体に働く職員の給与は自治体が自主的に決めていいはずである。しかし現実的には国に準じて取り扱われるのが通例であって例外はほとんどない。Y野は考えた、「この機会に県立病院の医者どもに嫌がらせをしてやろう。」
 
Y野は部下の人事課長に命じて人事院勧告には全く存在しない医師手当の全廃を議会に提案させた。何も知らない議員たちはいつものように唯々諾々と賛成の起立をした。

 Y野の狡知によって少しは溜飲を下げたI知事に強烈な衝撃が走った。
地元選出の代議士が検察に捕まったのだ。K州地方最大のゼネコンM尾建設がらみの不正な金の存在が取りざたされた。同じ穴の狢どころか逮捕された代議士以上にM尾建設にどっぷりと浸かっていたI氏はさすがに心中穏やかではなかった。そしてついにその日が来た。

 検察に呼び出されたI氏は、様々な証拠を突きつけて自白を迫る検事を鼻であしらい高笑いに笑った。しかし、I氏逮捕近しの情報が県内を駆けめぐった。そこで、I氏は
元法務大臣で地元選出の参議院議員に頼み込む。J議員には弱みがあった。自らがトップをつとめる共済組合が無茶な運営によって事実上破綻していたのだ。いままで県にそれを看過してもらっていた恩義もある、これからのこともある。ここは一つギブアンドテイクだとJ議員は決断した。そして、元法相の影響力を思う存分発揮したのである。

 何とか危機を乗り越えたI氏ではあったがさすがに4選出馬の気力もなくなっていた。それにもまして脛に負う傷の数が多すぎると悟ったのである。
「こうなったら、とにかくおれを脅したあいつの推す候補以外なら誰でもよか。そいと、くさい飯だけはゴメンだ。」
 決断すると行動は早い。しかも生来の狡知がフル活動してくる。農協票を割るため、人がいいだけが取り柄の県会議長を実に巧妙に担ぎ出した。もと子分もおだて上げて出馬させた。さらに腹心の県議を使って「学者」を担ぎ出した。準備万端整った。さあ選挙だ。そして、その結果・・・。

何と、肝心なところで目が覚めてしまった。

夢なのでもちろんフィクションです。登場人物も架空で実在しません。念のため。



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