「学歴社会批判」批判

 日本には、「学歴社会」を批判する人が多い。なかには、全く驚くべき事に、何一つ実証的な因果関係も示さないで、「いじめ」、「非行」、「不登校」さらには「犯罪」に至るまで何でもかんでも学歴社会が悪いという似非「文化人」様までいる始末である。
 筆者は、日本が「学歴社会」であるなどとは露ほどにも思っていない。それどころか早く「学歴社会」が到来してほしいとさえ思っている。学歴社会とは、門閥や親のステイタスによるのではなく、勉強することによって可能性が開かれる社会のことである。「学歴社会」を批判する人たちは、江戸時代のように「統治者は永久に統治者であり、兵士は永久に兵士であり、労働者は労働者に運命づけられている」ような社会がよいとでも言うのであろうか。「学歴社会」はあらゆる人に平等に機会が与えられている望ましい社会なのである。
 江戸時代のような極端な例だけではなく、戦前の日本のように形式的には、「あらゆる人に平等に機会が与えられている」ものの、実体としては一部の高額所得者や社会的地位の高い人々のような特権階級の子弟だけに可能性が開かれている社会では、恵まれない環境に生まれた者が、夢と現実の差を縮めることには絶望的な困難を伴う。「学歴社会」が、非行や犯罪の「原因」というのなら、もっと憎むべき社会であるこれらの社会においてはさぞかし犯罪が多発したはずであるが、戦前の日本、ましてや江戸時代に現在よりも非行や犯罪が多かったということは寡聞にして聞かない。世の自称文化人の先生方には、「ええかげんな」ことを言うのは「後生だからやめてください」と声を大にして言いたいものである。



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