ある公立病院内科部長

 10年ほど前の話である。山陰のとある市立病院。病院全体で40人ほどの医師がいた。そのうち内科には全部で10人の医師が在籍していた。内科部長と副部長は年齢もキャリアも勤務年数もほぼ同じであった。院長や副院長とは違い、内科部長とは言っても他の内科医師が行う以上の特別な仕事などなく、言うまでもなく副部長に比べて給与は部長の方が多い。しかし、受け持ちの入院患者数、外来患者数には隔絶した差があった。外来患者の数で比べると、副部長のO先生は半日で60人ほどの診察をこなしていたのに対し、部長のH先生はと言えば約7人ほどであった。入院患者数も同じような比率であったためその仕事量は全く比べものにならなかった。
 なぜ、患者数則ち仕事量にこれほどの違いがあるのであろうか。よくよく二人の仕事ぶりを比べみた。H先生の方は、日頃から医局の医師や看護婦などの職員にニコニコ愛想よく接しS院長先生や病院の事務方からも評判が大変よろしい。カルテの記載も仮名釘流ながら毎日書き込んでおられる。一方O副部長は、仕事量が多く「お愛想」を振りまく余裕はない。更に回診や検査、処置等に時間を取られ、カルテの記載も滞りがちであった。しかし、これでは患者数の違いを説明できない。更に二人の仕事ぶりを観察してみた。すると、初診でH先生に診てもらった患者さんが、なぜだか二回目の診察からは他の医者の診察を希望すると言う例が多いことに気づいた。それも「H先生以外ならキャリアの余り無い若手の医者でも何でもいい」と言う患者さんがやたら多い。なぜか。よくよく患者さんの話やら外来看護婦さんの話を聞いてみた。そして、患者をあからさまに蔑んだりバカにした態度を取り、公然非難したり、嫌みや皮肉を言い、仕舞いには「おちょくり」を入れるなどのH先生の患者さんに対しする非礼な接し方の数々が明らかになった。H先生の直属の部下であるK医師に話を聞いてみると、H先生は意図的に無礼な接し方をしているのだという。つまり、患者に親切に接すると自然に患者数が多くなる。すると、当たり前の話だが仕事の量が増える。公務員である医師は仕事量に関係なく給与が決まるから、仕事量は少ない方がよいというわけである。いやはや情けない限りである。
 さて、最近やたらと医療ミスや医療事故の報道が多い。実際ミスや事故が増えているのかどうかは定かではないが、従前に比べ表に出やすくなったことだけは確かなようである。ミスや事故があったと報道されるのは大学病院なども例外ではない。このような報道に接した人々は「何とひどい病院だろう」と思い、更に「何とひどい医者だろう」と思うわけである。実際そう言う場合も多いかも知れないが、ここで考えてもらいたいことが一つある。医療事故でも交通事故でも同じであるが、ある個人の資質や能力によって事故を起こす確率が決まるとすると、実際起こす事故の数は試行の回数、則ち、交通事故であれば運転時間や回数、医療事故であれば受け持ち患者数や手術数、さらには医療行為にかける時間などが多いほど事故の数も多くなる。わかりやすく言えば仕事をすればするほど事故の数は増える計算になる。暇な医者や人気のない医者、アホな医者は事故を起こす確率は高いかも知れないが携わる仕事が少ないから、事故の回数は少なくて済むと言うことになるのである。上記のH先生のよう医者ほど「給料はよい」、「仕事は楽」、「医療訴訟の心配はない」、さらには「『カルテの記載が不十分である』とか言ったおしかりも受けず」全くもって「極楽極楽」な人生を過ごせるというわけである。やっぱ、医者も公務員がよろしゅうおまっせ???



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