インドに歴史学が発展しなかったわけ

1.インド人の過去とは「前世」のこと
 イギリスの歴史家E.H.カーは、「歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話なのであります。」と定義した。インドにおける過去とは、ある人の過去世または前世、要するに生まれる前に何をしていたかということなのである。

2.人の不幸は「前世の因縁」
 インド人にとって歴史上つまり時間上の過去などは問題ではなかったのである。前世、現世、来世こそが問題でこれが日本人なら誰でも知っている輪廻転生である。「輪廻」とは、生前、善い行いをすれば、死後には善い世界よい境遇に生まれ変わり、悪い行いをすれば、死後地獄に落ちたり低いカーストに生まれたり障害を持って生まれるという考えである。「善因善果、悪因悪果」といえば聞こえはいいが、現に存在するカースト制度をバラモン達に都合良く説明するための方法である。何でもかんでも前世の因縁で説明すればいい。
本当はアーリア人の原住民征服過程で生じた奴隷や賤民に、「おまえたちは被征服者だ。」と言えば恨みをかって復讐されるおそれがあるが、「我々バラモンがおまえらを支配するのも前世の善業のおかげ、貴様らアウトカーストがいじめられるのも前世の悪業の報いなのじゃ。」といってればリベンジされる恐れもなくOKというわけ。
 このようなわけでインドでは歴史学が発展しなかった。というよりも
バラモンやクシャトリアの利益に反する故に発展しなかったというのが正しいのであろう。

3.科学で説明できないことがあるから輪廻が存在する??
 何せ前世や来世など誰も見てきたヤツはいないから「大仙人が瞑想によって前世を見てきた。」とか言ってありもしない理由を述べ立てておけばいいのである。「科学科学と言っても科学で説明できないことはこの世には山ほどある」から「輪廻転生はちゃんと存在しているのだ」とうそぶいておればよろしいというわけだ。前の命題が正しいからといって後の命題が正しくなるわけではないのに、これを聞いた善男善女は不思議と納得するから面白い。

4.「我」とは何か
 さて、輪廻思想の背景には「アートマンatman=我」という概念がある。インドでは、人はそれぞれその人に固有の、アートマンという肉体とは別の持続的な実体を持つという考えが一般的であった。アートマンがあるから、ある時は奴隷になり、あるときは牛になり、あるときは虫けらになり、あるときはバラモンになる。だから奴隷や賤民には修行が許されなかった。善業を積んでバラモンに生まれ変わってもらってはイヤな仕事をするものがいなくなるからである。

5.無我を説いた釈尊と仏教のヒンズー化
 アートマンの存在を前提とする考え方があたりまえの状況の中で、釈尊は、「アナートマンanatman=無我」の教えを説いたのである。輪廻の前提としてのアートマンがなければ、輪廻は成立しない。ところが釈迦入滅後、輪廻説が復活してくる。しかし、八宗の祖と仰がれ大乗仏教の理論的大成者である龍樹が「空」の概念を樹立し再度輪廻を否定した。ところがその後の「唯識学派」では「阿頼耶識」なるものを立てて、また輪廻の実体である「我」を復活させてしまう。4世紀以降になると仏教教団は、積極的にバラモン教やヒンズー教の儀礼・呪法を採用し、土着的な神々を取り込み、行によって様々な災難から逃れる功徳を強調した。民衆を仏教に引きつけるためには現世利益的な呪法が不可欠であったのであろう。このように仏教もヒンズー教の一派とも言っても良い状態になった。口で慈悲を説きながら、その実体は弱者いじめとその正当化を行う集団になったわけである。ついでながら、日本の仏教では我も無我も元来の意味を離れ、「我」とは自己中心的な考えのこと、「無我」とはエゴイズムを捨て去る滅私奉公というような意味となってしまった。

6.インド哲学花盛り
 釈尊の説いた本来の仏教が全くヒンズー教の中に埋没してしまった結果、合理的な科学がインドでは発達せず、「深遠で神秘的な」インド哲学が花盛りとなるのである。



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