偏見は怖い ある偏見

 年、埼玉県の保健所でハムの細菌検査を行ったところ誤ってO−157陽性の結果を出してしまい会社に大きな損害を与えた事件があった。その事件で最も大きな責任を負わされたのがそのとき研修で出張していた所長であった。曰く、なぜ研修など切り上げて所に帰らなかったかというわけである。全国どこの保健所でも食品衛生の分野は獣医と薬剤師がその主導権をとっていて、医師である所長にはあまり関与させないでおこうというのが彼らの本音である。権限は自分たち、責任は他人というわけである。
 
れはさておき、ある県で、職員向けの地方分権の推進に関する講演会があった。その講師先生曰く「埼玉県の保健所での細菌検査判定のミスは、所長が医者だったからである」とのこと。一体全体、何の根拠でそのようなことを言うのであろうか。医者でなくて事務職員であればミスが防げたとでも言うのであろうか。仮に埼玉県の事件において、医師である保健所長がいい加減な人物であったとして、他の医師がすべていい加減なのであろうか。また、事務職員はみな慎重で失敗のない優秀な人物ばかりだという証拠がどこにあるのだろうか。これこそ大衆を愚弄する偏見のばらまきでなくて何なのか。医者にも慎重な人もいれば軽率なやつもいる。事務職員にも立派な人物もいるし、怠け者や、能率の悪いやつ、飲酒運転をするやつもいれば、のぞきから始まって強盗殺人をしでかすやつまで色々いるのである。それを一保健所長が不在中の監督責任で詰め腹を切らされたからといって保健所長が医者だから間違った検査判定がなされたなどと無根拠な妄言を吐くような者が「地方分権推進」の講師を務めるなどとは片腹痛い。一例を引いて全体に敷衍するという偏見丸出しの輩が進める「地方分権」に空恐ろしさを感じた筆者であった。

偏見の定義
 「ある集団にたいする、有効でなく不十分な情報に基づく先験的な判断、そうした判断に依拠した肯定的あるいは否定的な態度や感情、さらには前二者に根拠をおいた行動」(『社会学事典』弘文堂、p.799)



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