梵天 帝釈天 梵天
日本人はヒンドゥー教徒?

 先日、親の仕事の関係でながらく印度にいたという若者に色々とおもしろいことを聞いた。印度の人は、「紙(ペーパー)」を不浄、溜まり水はいくら澄んでいても見た目がきれいでも不浄、流れる水は濁っていようと死体が流れてこようと清浄と考えているのだそうである。とても我々には理解できないが、ヒンドゥー教の浄不浄観ではそうなるのだそうである。
 
一般に、ヒンドゥー教は印度だけのローカルな宗教と思われがちであるがとんでもない。カンボジアのアンコールワットはヒンドゥー教の遺跡であるし、バリ島では今でもヒンドゥー教が信仰されている。タイ国の王様の正式の名前もヒンドゥー名である。日本にもヒンドゥー教は伝わっている。そんなアホなと思われる向きもあろう。なんぼ何でも日本は関係ないと筆者も思っていた。しかし、「仏教」と一緒にヒンドゥー教は日本に確実に伝わっているのである。第一、インド人に言わせれば仏教もヒンドゥー教の一派なのだそうである。仏陀釈尊もインド人に人気の「ヴィシュヌ神」の第何番目かの生まれ変わりだそうである。だから、仏教徒は皆ヒンドゥー教徒と言うことになる。そこまでは言わないにしても、寅さんで有名な帝釈天も「インドラ神」という、今の印度では廃れたものの、代表的なヒンドゥーの神様であるし、梵天は「ブラフマン神」、大黒天は「マハー・カーラ」、金比羅大権現は「クンピーラ」と言う半身がワニの水の神様である。弁天様も、毘沙門様もみんなヒンドゥー神である。
 さて仏教の中で最もヒンドゥー教に近い宗派はいわゆる「密教」である。印度においてヒンドゥー教に押されまくっていた仏教の最後のあがきとしてバラモン教やヒンドゥー教の持つ「現世利益的な呪術やまじない」「ヨーガ」などを取り入れ、ヒンドゥー神に対抗するような菩薩やら仏やらを創作し、さらにはヒンドゥー神そのものまで取り込んで信者を獲得しようとしたのが密教である。密教は大乗仏教の思想を取り入れることによっていくらか純度を高めて中国に伝わり、やがて弘法大師空海によって日本にも伝わった。しかし元来がヒンドゥー教の大きな影響を受け、ヒンドゥー教に妥協することによって生まれた宗教だけに「拝火教的な儀式」やら「呪い」等、とても近代合理主義に鍛えられたインテリの受け入れるところではない。また、
ヒンドゥー教の浄不浄観やヒンドゥー教にはなくてはならないカースト制度の思想なども一緒に持ち込んだ。更に様々な文化や宗教、神々も一緒くたにしてしまうというヒンドゥー教の性格丸出しに日本土着の神々をも取り込み神道の一派を形成したり、山伏などに見られるように山岳宗教と習合したりと変幻自在に発展した。日本人は知らず知らずヒンドゥーの神々を礼拝し、インド人から見ると、まるでヒンドゥー教徒になってしまっているのである。

ヒンドゥー神



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